1625年に創業した、金沢で最も長い歴史を持つ酒蔵「福光屋」が、いま最も新しい。10銘柄、約300品種もの日本酒に加え、甘酒や酒粕スイーツ、さらには化粧品までをラインナップ。卸売りが基本の酒造業界としては珍しく、丸の内や六本木ミッドタウンなど都内に数店舗直営店を構えたり、オンラインショップを構えたりと、洗練された世界観を直接顧客に伝えることに成功している。その秘密は、バイオテクノロジーやITの専門家など多様な人材を採用する「ダイバーシティ経営」にある。

酒造りへのこだわりが新たな革新に

福光屋の店舗に行くとまず驚くのは、ひとつの蔵でつくられているとは到底思えないほどのバリエーションの多さだ。この背景には、福光屋の酒造りへのこだわりがある。多くの酒蔵が、酒造りの鍵となる「酵母」を外部から仕入れるのに対し、福光屋では独自に研究開発を行い、300種類ほどの酵母を冷凍保存しているのだ。自らを「酒蔵」に留まらず「お米を醗酵させる企業」という上位概念で捉え直し、米醗酵による美容成分を活用した「醗酵コスメ」や「醗酵食品」が、酒類部門と並ぶほどの主力事業になった。

いま必要なのは蔵人だけではない多様な人材

彼らのイノベーションの裏側で支えているのは、多様な人材を採用する人材戦略だ。1989年ごろから、醸造に詳しい人材だけでなく、バイオテクノロジー、土壌肥料学、熱力学、システム工学などを専攻した専門家を積極的に採用。特に最近は、UターンやIターンで金沢に移り住んできた若者や大手企業出身者などの人材採用を強化している。

そんな中で悩みの種となっていたのが、「ユニフォーム」だった。生産や物流、研究開発に携わる人が、昔ながらのいわゆる「作業着」を着て働いていたのだ。福光屋の企画広報室室長の岡本さんはこう話す。

「福光屋の事業展開に興味を持った人が応募してきても、生産現場でのユニフォームにギャップを感じてしまうのではないかと思いました。そこで、これまでにお付き合いのあったクリエイターたちとのご縁で、デザイナーの高坂さんにデザインしてもらうことにしたんです」

新ワークウエアで若手が活躍する職場に

高坂氏は、福光屋の「醗酵を科学する」というところに目をつけ、『醗酵エンジニア!』というテーマのもとに、ワーク感のあるジャケットとエプロンをデザイン。蔵の持つ歴史の深さを思わせるような日本らしい深い藍色に。ポケットや着心地など機能性も持たせながら、前身頃を隠しボタンにするなどデザインのディテールにもこだわった。シタテルでは、官公庁などの様々なワークウエアを手がけてきた縫製工場に依頼。頑丈で動きやすいウエアが仕上がった。

蔵ではちょうど一升瓶の瓶詰め作業が行われており、女性も含め若手の方々が機敏に働いている様子が目立った。20〜30代の方々が多いそうだ。老舗の酒蔵のイメージを覆すような光景だった。

「ユニフォームをリニューアルしてから、スタッフのモチベーションが高まったように感じます。ベテランから若手への技術継承と醗酵食品事業の拡大に寄与していると思います。」
と岡本さんも、組織力強化への効果を実感している。

400年の歴史を持ちながら常に革新し続ける

米と水、そして微生物という自然に敬意を払い、本物のものづくりにこだわり続けてきた福光屋。日本酒の8割が醸造アルコールを添加して造られている中で、福光屋はすべての日本酒を契約栽培のお米と霊峰白山を源流とする水だけでつくる「純米蔵宣言」を2001年に発表している。これは、生産高1万石を超える酒蔵の中では日本初だ。

「戦後ビールやワインなど様々なお酒が主流になっていく中で、日本酒は未来に向けてどうあるべきかを考え、私たちは改めて本物の美味しさに対してお金をかけるということを決意しました。それはつまり、高い技術を持った人達、そしてそれを未来に継ぐ後継者たちに対して投資をするということでもあります。」(岡本さん)

「伝統は革新の連続なり」を家訓とするように、創業からこれまで時代に合わせた革新を繰り返してきた。約400年の老舗酒蔵で、次世代の蔵人や「醗酵エンジニア」たちによって生み出されるイノベーションに今後も注目していきたい。