「30歳でブランドを立ち上げるために修行をしよう」

和服を作っていた祖母のもとで小さい頃から服作りやミシンに馴染みあったという村田氏。ファッションへの興味を絶えず持ち続けていた彼はエスモードジャポン東京校を卒業し、PR会社ステディスタディを経てイタリアへ。JIL SANDERなどのブランドを経て30歳を目前に自身のブランドを立ち上げた。迷いのないストレートな経歴だ。

「実のところ、高校生の時に好きだった子から『パラダイス・キス』を教えてもらって、ジョージに憧れた…だなんて言えないですよね(笑)けれど、幼い頃から祖母や姉の影響でファッションに接する中で、洋服で気分を変えられるということを覚え、自分もブランドを作ってそんな体験を提供したいと思うようになりました。当時仲の良かった友人と30歳になるまでにブランドを立ち上げよう、それまではお互い修行をしようと約束したんです。だからブランドの伝え方を学ぶためのPR業務もイタリアでの経験も、全ては修行でした」(村田氏)

根底には昔から「ミニマル」というキーワードがあった。村田氏が尊敬するデザイナーは吉岡徳仁だ。ファッションを志すならパリという印象は強いが、とあるコンテストでイタリア人審査員からミニマルなクリエイションを絶賛された彼は、素材に強いイタリアでエッセンシャルなモノ作りを行うことに決めた。ここでの経験が彼の世界観を大きく前進させることになった。

「JIL SANDERで働きたいとはずっと考えていました。ある時JIL SANDERでインターンをしていたデザイナーの友人が僕を推薦してくれたんです。その後志望していたウィメンズの枠が空いたので、面接を受けて働くことになりました」(村田氏)

JIL SANDERで見た忘れられない女性の仕草

彼が服作りで意識するのは「着ている女性を想像すること」。そう気付いた原体験があったという。

「コレクション発表直前で連日連夜の作業が続いていた、ある朝でした。(クリエイティブディレクターの)ルーシー・メイヤーがモデルフィッティングのためにアトリエにやってきて、カプチーノを飲んだあと、代々受け継いでいるような手巻き時計のゼンマイを巻いて、しずかに『始めましょうか』と言ったんです。プレッシャーを感じさせない物静かで自信のある仕草、そんな彼女を支えているような腕時計。あの絵は忘れられないですね。僕もこういう女性のスイッチを入れられるようなアイテムを作りたいと直感しました」(村田氏)

だから、彼のクリエイションの源流にはつねに「どんな女性がどう振る舞うか」が隠れている。

アトリエに置かれていたファーストコレクションでも、“姿勢”が大きな着想源となっている。例えば、ボンディングのトレンチコートはサイドに大きくスリットが入っており、ポケットはその内側にある。女性が格好良くポケットに手を入れる動作を想像して作ったデザインだ。他にも袖口をまくる仕草を想定して袖裏にだけレザーが縫い付けられていたり、レザーのバッグには置いてもくたびれないよう底板に金属の留め具をつけていたり。アイテムを見れば、そこからどんな女性の振る舞いを想像したのかがありありと伝わってくる。

「イマジネーションの源泉は、身近な人だったりします。目の前にいる人の振る舞いを引き出すのはどういう服なのかと。だからなるべく人と会うようにしています。僕は人が思っていることを空想したり、振る舞いの裏にある感情を汲み取ってしまう癖があるんですよね。それで悩むこともありました。でも、『感情の揺らめき』が僕にとって大事なインスピレーションなのかもしれない」(村田氏)

感情とロジック、経営とクリエイションは一続きだと思う

「JIL SANDERで学んだのは、『美しい一瞬をどう切り取るか』。デザイナーには、理詰めで考えるロジカルな人、感情のままにクリエイションする人など、いろいろなタイプがいます。僕は感情の表面にあるものをさらっとすくって、スピード感を持って商品にする“軽やかさ”がファッションの良さでもあると思っていて

ただ、彼自身100%感性のおもむくままにデザインを作っているわけではない。むしろ個人でブランドをやっているからこそ、経営面などのロジカルな部分は重要視している。取材時には1年かけて作ったというブランドのポートフォリオを見せてくれた。そこにはブランドの思想に加えて、市場のポテンシャルや経営計画など、こと細かな研究資料が添付してあったことに驚いた。

「こういったことは、他の人に任せてクリエイションに集中すべきだと言う人もいますが、経営とデザインは切り離せるものではないとも思うんです。僕にとっては、経営もクリエイションの一部。一続きになっているものだと思うんです」(村田氏)

村田氏は自らまとめた資料から一つのグラフを指して話す。世界のファッションの輸出量をまとめたグラフで、日本は素材の出荷量に対して製品の出荷量が著しく少ないことがわかる資料だ。

「JIL SANDERにいる時から日本の素材を使うことも多々あったので、グローバルで見ても日本の技術力はかなり高い水準にあると感じていました。でもこれを見ると、日本は魅力的な生産背景があるにもかかわらず、ブランドとしての発信が全然できていないということがわかります」

イタリアと日本、2つの拠点を背景に

 HARUNOBU MURATAの洋服はイタリアと日本、2つの拠点を背景に作られる。これまでのコネクションもあるため、素材に関しては8割がイタリア製、残り2割が日本製だ。一方で、縫製はsitateruとの連携によって8割を日本の工場でまかなっている。

「しばらくイタリアを拠点としていたため、実は日本の工場とのつながりはそう多くありませんでした。今回シームテープの圧着や、“カシミアデニム”という特殊な生地の縫製など、かなり技術を必要とするデザインもありました。しかもロット数がそれほど多くないというところで、sitateruに依頼させてもらったんです。日本の縫製はとにかく綺麗だとあらためて実感しました」(村田氏)

今後も、日本とイタリア両方の生産背景の特徴や強みをうまく活用しながら、日本人として日本発のクリエイションを作っていきたいと話す。

「イタリアでの経験も活かしながら、日本発のラグジュアリーブランドの確立に挑戦したいんです。日本にはサブカルチャーから生まれた東京らしいブランドが多いですが、僕はトリッキーなことをするのではなく、真っ正面から勝負したい。ファッションマニアのための服ではなくて、着ている女性像が目に浮かぶようなリアルなターゲットに対してきちんと本質を伝えていきたいんです」(村田氏)

(展示会情報)

ミラノで発表したデビューコレクションの受注展示会を3月11-15日(11:00-20:00)、南青山のOn Tokyo Showroomで開催。アポイントメント制。info@harunobumurata.comまで。