本来あるべき暮らしに戻れる場所

奥多摩のさらに奥、東京都ととの境目に位置する山梨県小菅村。人口700人のこの村で、3年前、養蚕農家など代々150年住み継がれていた古民家のリノベーションが計画された。美術館にしようかという話もあったが、コンテンツを持ってくるよりも、建物の魅力だけで価値を生み出せる仕組みを作りたいということになった。

ホテルの支配人、谷口峻哉氏は初めて小菅村に来たときのことをこう話す。

「ここは、自然が近い、そして人が近い。道で歩いていたら、村のおじいちゃんが家に引き入れてくれてお茶とお菓子を永遠に出してくれて、結局数時間いてしまいました(笑)。そのとき、ここ小菅には、本来あるべき暮らしがあるように思ったんです」(谷口氏)

 通常であれば、ホテルの建物内だけで一つの世界観がつくられるが、NIPPONIAには「村がひとつのホテル」という思想がある。ここでは、村の源流温泉「小菅の湯」がホテルの温泉、街のショップがホテルのスーベニアショップ、村民はホテルのコンシェルジュだ。村の暮らしをまるごと体感するようなステイができる。

日本家屋の良さを生かした新しさのあるクリエイティブ

 古民家のリノベーションとなると、和のイメージが強いが、インテリアはあえて和洋を問わず、長く愛されてきたものをと、デザイナーズビンテージ家具を国内外から取り寄せた。北欧デザインの家具も、日本家屋の深みや味にしっかり馴染んでいる。全く別の地で生み出されたクリエイティブが、高い次元で調和した空間が、心地よさを感じさせる。

 ホテルのコンセプトは「炭と熱」。小菅では、95%が森林地帯ということもあり、古くから炭焼きが基幹産業となっている。

 「轟々と燃える火ではなく、炭同士が寄り添って温め合い、消して消えることなく静かに燃え続ける”熾火(おきび)”のイメージです。そこから、キーカラーをグレーとオレンジにして、全体のクリエイティブを作っていきました。”THE・古民家”という雰囲気にはしたくなくて、インテリアからアメニティまで、ひとつひとつ調和するデザインを考えました」(谷口氏) 

そうした全体のクリエイティブの中で、一番悩んだのがルームウエアだった。

「古民家だからといって、浴衣にはしたくなかったんです。ただ、既製品のカタログを見ても、なかなか雰囲気に合うデザインのものが見つからず・・・。そんなときに、知人の紹介でsitateruを知り、ホテルのコンセプトに共感してくれる人にお願いしたいと思って依頼しました。雰囲気を伝える画像を集めて、デザインを提案してもらって進めていきました」(谷口氏)

 こだわった部分は、ポイントカラーのオレンジのボタンと、着心地の良さ。生地がしっかりしていて、レストランに来ていけるようなデザインに仕上げた。

「すごい満足してます。アンケートに、ルームウエアを買いたいというお声もいただきました。一日の終わり、寝る前に楽しみがあるというのはいいことですよね。個数は限定的になりますが、今後販売もしていこうかなと思っています」(谷口氏)

都会に住む人の第二の故郷のように

 8月にオープンしてから約3ヶ月がたつが、現状の客層は、東京近郊に住む30〜40代の夫婦や家族。自然や人とのつながりが希薄になった都会から、心を休めに来ている。今後は、村全体をホテルにするという思想からも、少しずつリノベーションを重ねて、棟を増やしていく予定だ。

「一時期、2000人くらいいた住民が今は700人。つまり、村に空き家が100棟くらいあるんですね。それが各集落に点在している。空き家が増えると、なんとなくまち全体の元気がなくなってしまいます。それを、少しずつゲストハウスやカフェにしていこうと思っています。東京近郊からも2時間ほどで来れるからこそ、都会に住む方々が定期的に訪れたくなる、第二の故郷のようになっていったらいいなと思います」(谷口氏)

日本の原風景を「守る」ために、若手の感性や海外のデザインを調和させた「攻める」まちづくり。これからの広がりが楽しみだ。