都会の真ん中に旅館をつくる

新宿と聞くと、夜中まで喧騒と熱気に包まれたネオン街というイメージがある。なぜ、あえて新宿に本格的な旅館を持ち込もうと思ったのだろうか。

「東京都内では、温泉地のようなゆったりとした旅行を楽しめる場所が少ないと気づいたんです。新宿という日本一のインバウンド都市で、現在の宿泊ニーズや環境に合わせて編集し、都市にある旅館というものを考えてみようと」(ミュージアム事業部 北本直裕さん)

日本特有の宿泊施設である、旅館。そこには、日本のおもてなし文化が凝縮されていた。その真髄を抽出し、ビルに囲まれた狭い敷地の中でどう再構築するのかを考え抜いた。

外観は一見すると、平屋の日本家屋に見える。手前の平屋のレストラン棟を前面に配置し、18階建てのホテル棟をグレーにして周りの風景に溶け込ませることで、旅館のイメージに近づけた。のれんが垂れた門をくぐると、竹が揺れる石畳の回廊。

建物内に入ったあとも、照明を抑えた静かな廊下が続く。内装には、木や石などの自然素材を多用し、本格的な和のしつらえを表現した。

日本らしさと機能性を兼ね備えた和服

スタッフの装いも、都市型に編集する必要があった。日本らしさはありながらも、モダンな雰囲気にアップデートしたい。また、旅館でありながら18階建て193部屋の宿泊棟を切り盛りしなければならないため、着物でオペレーションするのが難しい。

「着物は難しいとしても、ジャケットもTシャツも違う。着付けの必要がない洋服でありながら、和服に見立てたデザインにしたいと考えました。ボタンやチャックを使わず、襟元を折り重ねたり、パンツも生地を前後に重ねて袴のように見えるようにしました」(事業企画部 後藤美沙さん)

生地の質感にもこだわった。質素でシンプルな和を表現するために、マットな素材を選んだ。また、様々な仕事をこなすスタッフたちのために、動きやすさや機能性にもこだわった。

「旅館で言えば、仲居さん。私達スタッフは黒子的な存在でありたいと思い、色も全身濃紺で、あまりハリのある生地は避けました。また運営上、いろいろな物を持ち運びたいので、大きめのポケットを、外側から膨らんで見えないように工夫してもらいました。着物の特徴である“袖の遊び”の部分も、動きやすさとのバランスで調節してもらいました」(蒲洋平 支配人 )

五感で受け取る日本の四季とおもてなし

「旅館」を感じ取るタッチポイントは、スタッフの振る舞いや、対応、言葉遣い、表情なども含まれる。そのマインドを創り出すひとつのツールが、ユニフォームなのかもしれない。

「和モダンなホテルではなく、あくまで旅館。きちんと旅館らしいおもてなしをしようということを前提としています。ユニフォームは、やはり一体感やまとまりが出ましたね。始めは男女別々にしようという話もありましたが、分けなくてよかったです」(蒲 支配人)

旅館の本質を考えた結果、前に出る華美な装飾や手厚いサービスよりも、見えないところに先回りされたおもてなしに行き着いた。

門からロビーまでの道のりには、何か和の装飾やインテリアがあるわけではない。むしろ明るい外から入ると慣れるまで視界が狭くなる薄暗さなのだが、全身で日本の精神性を感じた。

「実は、季節に合わせたお香を炊いているんです。今は蓮の香り。春は桜の香りでした。音楽もミニマルな曲にしていますね。おしぼりをご提供するのですが、夏なので柑橘系の香りをつけたりしています。ルームキーも、アクリルやプラスチックではなく、竹でキーホルダーを作りました。様々な部分で四季を感じてもらえたらと思っています」(蒲 支配人)

外装や内装のハード面だけでなく、振る舞いやおもてなしなどのソフト面から「旅館」を感じ取れるよう、隅々まで工夫された由縁 新宿。空間づくりに「精神性」を取り込んだ最新事例として、まずは素直に身体全体で体感してほしい。