2018年7月7日、日本科学未来館で「echo」開発者によるトークイベントが開催された。登壇したのは檜山晃(ダイアログ・イン・ザ・ダーク)、真鍋大度/田井秀昭(Rhizomatiks Research)、森永邦彦(ANREALAGE)。

暗闇を照らす衣服「echo」は、いかにしてこの世に生を受けたのかーー。「echo」がもたらした身体の更新、そして今後の発展について、技術・衣服・知覚のそれぞれの観点から語られた。

服で世界を知覚する。身体機能を拡張し、空間と呼応する服

感覚を拡張し、空間を認識する服──。

世界初のイノベーションに大きな期待を寄せて集まった来場者を前に、プロジェクト始動の経緯が語られた。

本プロジェクトの象徴となる、三日月のようなロゴ。echoプロジェクトの核となる「echo wear」のデザインを担うANREALAGE(アンリアレイジ)森永氏は、ロゴが体現している、プロジェクトの目的をこう語る。

「『echo』のロゴは、“瞑った目”の形と、“エコーによる振動波長”を表現しています。echoプロジェクトは、目を瞑ったときーーつまり視覚が機能しないときに、どのように空間を認識するか、どのように世界を知覚できるのか、を探るためにはじまりました」(森永氏)

「echo」という名前は、“音の反射で空間を知覚する機能”「エコーロケーション」から着想を得た。イルカやコウモリが持つ特殊な身体機能が、テクノロジーの力によって再現されている。

「echo」の技術面を担うのは、Rhizomatiks Research(ライゾマティクスリサーチ)。同社代表の真鍋氏は、日本有数のメディア研究拠点として知られるIAMAS(情報科学芸術大学院大学)時代から「視覚が遮断された世界」への興味を強く持っていたという。

「学生時代に音楽が好きだったこともあり、聴覚を研ぎ澄ますことに強い関心がありました。普通、人間は目を閉じると同時に意識も閉じてしまいます。しかし、視覚が機能しない状態で意識を保つと、聴覚を敏感にすることができるんです。そのため、視覚を使わない表現として、音を振動に変換し、あらゆるものをスピーカーにしていました。たとえば『音が鳴ると震える椅子』などですね」(真鍋氏)

「視覚が遮断された世界」を体感できる衣服の開発にあたり、アドバイザーを務めたのは、自身も全盲であり、ダイアログ・イン・ザ・ダーク主席研究員の檜山氏。ダイアログ・イン・ザ・ダークとは、真の暗闇の中で視覚以外の感覚を使ったコミュニケーションを体験できる、ソーシャルエンターテインメントだ。

「ダイアログ・イン・ザ・ダークは、普段使っていない感覚を使って日常を感じることができる場所です。その取り組みは『echo』にもつながっていると思います」(檜山氏)

“視覚を使わない衣服”における、新しいファッションデザイン

「echo wear」の洗練されたデザインにも注目したい。“視覚を使わない衣服”でありながら、高いファッション性を意識した理由は、「echo」の可能性を広げるためにあるという。

「ファッション性の高い衣服であれば、商品として販売できるかもしれません。そうすれば、このプロジェクトの可能性を拡大することができる。今は特殊な環境下でしか体験できない『echo wear』ですが、もっと多くの人にとって身近な衣服になれば、人びとの生活を変えることもできるのではないかと考えています。」(真鍋氏)

本来ファッションデザインは、色や形などの視覚情報によって成り立っている。新しい身体器官としての衣服は、従来の服づくりとは違う視点で行われた。

まず森永氏が注目したのは、全盲である檜山氏の服の選び方。檜山氏は触覚情報に基づいて洋服を選び、記憶しているという。

「檜山さんは、“ツルツルした素材はストライプのシャツ”というように、触覚情報に基づいて洋服を選んだり覚えたりしていらっしゃるんです。なので、『echo wear』をつくるにあたっては、特に触覚を意識しました。衣服における触覚とは、すなわち皮膚感覚です。より振動を感じやすくするために、素材やつくりかたにこだわりました」(森永氏)

皮膚感覚を高めるために、三井化学株式会社の「アブソートマー®」という素材が採用されている。体温によって軟質化して徐々に身体にフィットしていくため、振動が身体に伝わりやすくなる。

実は今回展示された「echo wear」は、Version2。2017年10月に行われたヨコハマパラトリエンナーレで発表されたVersion1をアップデートしたものだ。振動をより体感しやすくするために、服のつくりかたも大きく変えた。

「Version1では、人の身体の凹凸に合わせてパターンをとる、西洋的な手法をとっていたんです。しかし“振動が骨に当たる方がいい”ことがわかったので、Version2では、骨格に合わせた服づくりに切り替えたんです。実は日本の伝統文化である和服と同様の手法でつくっているんですよ」(森永氏)

スタイリッシュなデザインを実現するため、テクノロジーとの調和も行った。「echo」を駆動する上で重要な要素となる配線は、何度もその位置を調整したという。

「Version1では、配線が剥き出しになっていました。そこで世界トップレベルのスマートアパレルXenoma社さんの技術を使い、服の上に回路を巡らすことに成功したんです。デザインの観点から、森永さんに配線の位置など調整してもらいました」(田井氏)

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体験したあとに“もどかしさ”が残る、空間を身体で“みる”感覚

「echo」は“振動で空間を認識する”新しい身体器官だ。誰しもが同じスタートラインに立ち、同じ感覚を共有することができる。目が見える人も、見えない人も、まったく初めて味わう「第六感」なのだ。

「私はいつも白杖を使って物体に触れて距離を判断し、空間を認識しています。しかし、『echo wear』を着たとき、物体に触れていない状態で空間を認識できました。生まれて初めて味わった感覚でしたね。そこがとても面白かったです。これまで衣服は寒さや暑さなどの刺激を防ぎ、世界と自分を遮断するものでしたが、『echo wear』は、世界を教えてくれるものでした」(檜山氏)

当日、筆者も実際に「echo」を体験した。少し大きめのサイズであったが、前述の「アブソートマー®」によって、装着後すぐにフィット感を覚える。テクノロジーを搭載した服でありながら、不思議なほどに着心地は良い。

アイマスクを装着し、体験ゾーンを歩く。視覚が遮断された世界にセンサーが反応し、振動が障害物の存在を教えてくれる。はじめは恐る恐る、振動で世界を確認しながら足を進めていった。だんだんとその感覚に慣れはじめ、恐怖が薄れてきた瞬間に体験終了となった。

「echo」を体験した人たちからは「もどかしさが残る」との声が多く寄せられているそうだ。人間が新しい感覚を装着するまでには、半年以上がかかると言われている。数分の体験だけでは身体が未知の感覚に追いつけず、違和感を感じてしまうという。

ファッション・都市・人間の関係から考える、新しい衣服の在り方

世界初となる「知覚を拡張する服」は、大きな可能性を秘めている。イベントの最後には、登壇者たちから今後の展望が語られた。

「『echo』は視覚障がいがある方だけでなく、聴覚障がいがある方にも役に立つと思います。福祉領域でのイノベーションにも、今回の研究が役に立つのではないでしょうか」(檜山氏)

「echo」は、まだまだ研究段階にある。今回の展示のような特別な機会がなければ、体験することができない。しかし、日常的に着られる「衣服」となったとき、人や街の在り方に大きな変化が起きるかもしれない。

「衣服として、量産していければいいと思っています。新しい感覚を獲得するためには、半年以上の年月が必要だと言われているんです。逆に言えば、『echo』が日常的に着られるようになったら、人類は新しい感覚を手に入れることができる。ファッションと都市と人間の関係を考えて、進化させていければと思います」(真鍋氏)

「7月20日には、NTTインターコミュニケーション・センター 『ICC』でキッズプログラムを開催します。こどもたちの意見も、今後の開発に活かしていければと思います」(田井氏)

ファッション界の第一線に立ち、服と向き合い続けてきた森永氏は、「echo」が実現する、新しい服の在り方に可能性を感じている。

「テクノロジーの発達で、衣服は進化してきました。しかしこれまでは衣服の中ーーつまり身体を軸に語られるものが多かったように感じます。身体の情報を読み取るウェアラブルや、暑さや寒さから身を守るものなどです。しかし『echo』は、外の世界を感じることができるツールでもあります。そうした新しい服の在り方を、日常に落とし込めたらいいですね」(森永氏)

テクノロジーの発展で、衣服は進化を続けている。しかしこれまでは、身に纏う個人の身体を快適にすることを目的に、衣服の在り方が更新されてきた。

「echo」が実現する社会実装型のファッションテックは、人、都市、空間の在り方を大きく変えていくだろう。会場に集まった人びとは、開発者が語る「未来」を想像し、期待に胸を膨らませた。

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