きっかけは、銀座 ソニービル建て替えの案が持ち上がったことだ。ソニーのビジネスの多様化、2020年にむけての都市の再編成、銀座という街に1966年に立った銀座 ソニービルは、街の象徴として、そしてソニーというグローバルブランドのランドマークとして、どんな次の一手を打つべきなのか。まず考えたのは「リスペクトと恩返し」だった。

ブランドデザインプラットフォーム GSPプロジェクト室プロジェクト企画推進担当マネジャー 佐々木 康浩さん

「2013年に建て替えのプロジェクトが発足しました。1966年、エレキのソニーと呼ばれた時代にソニービルを建築して、それから長い時間が経過した今、この建て替えをいったいどのようにソニーらしく進めていくのか。

社員や社外の有識者によるチームを作って深い議論を重ねてきました。まず思想としてあったのは『ソニービル(芦原建築)へのリスペクトと銀座への恩返し』というものです」

ソニーは、銀座という街への恩と愛情を持っている。この街がまだトラッドとしてではなくオルタナティブの側にあり東京を引っ張っていた時代から、ソニーは歩みをともにしてきた。それは、街と企業と人が、ともに大きく育ってゆく、日本の青春と呼ぶべき日々だった。

施設内のフリースペースでは、テーブル上に投影されたゲームを自由にプレイすることができる。懐かしのインベーダーゲームをはじめ、いくつかのソフトが選択可能。

「ソニーだからできること、今こそやるべきことって、なんだろう?それをずっと考え続けて、今までにない挑戦をしようと強く思いました。「単に壊す」、「工夫して残す」ということは、誰もがやっています。でも、『工夫して壊す』ことはまだ誰もやっていない。

そこで、私たちは、ソニービルの減築を段階的に進めて、旧い部分と新しい部分を共存させ、あえてそこに違和感をもたらしてみようと思ったんです」

このコンセプトを体現するように、空間には様々な違和感が残されていて、フランケンシュタインのようなつぎはぎが随所に見られる。かつてエレベーターがあった空間にトイレが設置され、その脇にはかつてビルの屋上で輝いていた”SONY”のネオンが見えるような仕掛けがある。

地下4階の公共スペースへと続く螺旋階段は旧いものを生かした。かつて上流階級の人々が触れたであろう手すりの色褪せに、時間の経過を知る。注視しなければわからないおかしさが散りばめられた空間は、銀座という街の混沌に呼応するようだ。

壊しながら作る過程で、過去の建築の痕跡が発見されることも。誰も知らなかったタイルが発見され、急遽これを生かした「断層」が作られた

「もう一つのコンセプトは、『垂直立体公園』というものです。地下4階までできるだけ仕切りを設けていません。駅の敷地とビルの敷地が全くシームレスに繋がっています。地上から地下まで空気の流動が起こるので、地下っぽい密封感がないですよね。どこからでも入りやすく、通り過ぎてもらっても構いません。なんといっても、ここは『公園』ですから。

自由に座れる椅子もたくさん用意していますし、トイレもソニービルのときよりも多く配置されています。公園は様々な用途や目的に応えられるべきで、だからこそ余白を大事にしています」

地下4階にはスプリングバレーブリュワリーが初めて手がけたビール&デリスタンド「 “BEER TO GO” by SPRING VALLEY BREWERY」がある。同ブランド初のテイクアウト・スタンドだ。店の前に広く取られたスペースではゲリラ的に音楽ライブが行われる。偶然の出会いは公園が持つ素晴らしい機能と掲げ、音楽との偶発的な出会いがここで起きている。

さらに特筆すべきは、再現性のなさ、テンポラリーであることへの飽くなきこだわりだろう。

「このプロジェクトは2022年を見据えています。2018年から2020年まで、まずは現在のパークを実験的に運用した後、一時休園して2022年に再びオープンする予定です。今の形は最初から2年間という区切りがあるので、ある意味で自由度が高いんですよね。半年先に何をするかさえ決めていません。新しいビルがどのような高さになるのかさえ、まだ決まっていないのです

また、一階部分にはさまざまな世界中から集めた特別な植物を揃えているのですが、地植えするのではなく全て鉢に入れてます。これは、2年という期間に根付いてしまって移植できなくならぬよう、植物を大切にしようと考えた結果です。そのまま購入していただくことができるので、植物の入れ替わりによって景観が常に流動的に変わりますこの「買える公園」は、この場所のコンセプトである「変わり続ける公園」を体現するプログラムのひとつになっています

全ての植物は購入可能。これほど大きくて貴重な植物が並ぶのは非常に珍しい。「買える公園」のプロデュースはプラントハンター西畠清順プロデュースの「アヲ GINZA TOKYO」

限定的であることへのこだわりは、インショップにも通底している。「トラヤカフェ・あんスタンド」は、その場であんペーストを製造・販売する直売所で、世界でここだけの業態。「MIMOSA GINZA」は、ミシュランの星を獲得したレストランが手がける香港ミルクティーやエッグタルトのスタンド。いずれも気軽に購入して施設内のどこで食べてもいい。公園らしい自由はこんなところにも見つけられる。

特に話題を集めたショップは、藤原ヒロシが手がける「THE CONVENI」だろう。実際の冷蔵庫(開けるとひんやりしている)にはこの場所でしか手に入らないさまざまなアイテムが並ぶ。雑誌棚には、過去その月に発行されたファッション・カルチャー誌がずらり。10月であれば、2000年10月号の「BOON」や、1998年10月号の「POPEYE」など。狭い店内にエンターテイメントがぎっしり詰められている。

ウォークマン®の時代から、常にカルチャーのそばにあったSony。大企業的な腰の重さを全く感じさせず、街や行政を巻き込みながら斬新な試みを続ける様子は希望と言えるのではないだろうか。

ソニービルのあったこの地では、街に開かれた施設として、銀座の街に恩返ししたいという想いが強いです。ひとのやらないことに挑戦するのは、ソニーのDNA。

このパークも賛否両論ですが、議論が生まれるのはありがたいです。いったんパークにすることが、ビルの建て替え方の新しい方法として、社会に広がっていくと良いですよね。

2022年のこの場所についても、実験を重ね、いろいろなご意見も吸収しながら想像したいですね。何しろ、上に伸びるのか、下に深まるのか、それさえもまだめていないですから」

ベンチャーマインドを持ち、実践し続けるSony。余白と呼ばれる公園を舞台にこれから何を生み、僕らを驚かせてくれるのだろう。2020年というメモリアルイヤーのその先にも、楽しみな未来が待っている。

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