「初めて自分がいいと思って選んだ服」は最高にかっこいいものなんじゃないかな。

ファストファッションやショッピングモールの広がりでファッションを気軽に楽しめる時代において、コレクションブランドと言われると、一般の生活者にとっては近寄りがたく感じるかもしれない。奇抜な服、抜群にスタイルのいいモデル、それを見つめるファッション業界人。まるで別世界の出来事のようだ。しかし、社会とコレクションとの接点について吉田氏はこう語る。

「エディスリマンのディオールオムの流行が影響して、男性がスキニーパンツを穿くことが一般的になりました。それまでスキニーパンツを穿く男性なんてほとんどいなかったのに、今となっては当たり前の選択肢になっていますよね。モードというのは、コレクションが発表された段階では奇抜なものとして捉えられるかもしれないけど、未来の常識や日常着を作る可能性を秘めているんです。そこに大きな魅力を感じています。」

彼のブランド「KEISUKEYOSHIDA」は2015年の秋冬にスタートした。ファーストシーズンからコレクション形式にこだわり、一瞬のプレゼンテーションの熱量を信じてきた。その存在感を広く示したのは、「ゲーマールック」と呼ばれるアンファッションな提案だろう。

16SSコレクション(通称:ゲーマールック)

「様々な反響が寄せられましたね。「バカにしているんじゃないか」という意見もありましたが、もちろんそういう意図はなくて。このルックは「初めて自分で服を選ぶ」という体験にフォーカスしているんです。ファッションのかっこよさって流動的で、流行や世の中の状況によって絶え間なく変化します。

だからこそ、「初めて自分がいいと思って選んだ服」は純粋な感性によって抽出された最高にかっこいいものだろうと。それを打ち出してみたかったんです。」

この言葉が象徴するように、「KEISUKEYOSHIDA」は、思春期特有のイノセントに対する深い洞察と、デザイナー自身のコンプレックスを源泉として、ファッションの世界に新たな価値を打ち出している。代表的なモチーフには「制服」が挙げられるだろう。

日本で生まれ育った人々の共通の記憶を呼び覚ましながら、そこに違和感をもたらし、新たなファッションの可能性を切り拓く。コレクションというフォーマットならではの熱量と影響力がそこにある。

王道な「モードファッション」に向き合う自分自身をメタ認知するというニヒリズム

そんな「KEISUKEYOSHIDA」が今年3月にアマゾンファッションウィークで披露したのは、これまでのイメージを大きく刷新するコレクションだった。

「最初の3シーズンは若い子たちそのものの装いのコレクションを作って、その感情を残したまま変化を加えてさらに3シーズン作ってきました。2018AWは初めてメインスポンサー無しで臨んだので、自分自身でも挑戦の意思がありましたね。新人に対する支援がなくなって、すこしずつ大人になっていく過程のような感覚でした。モードに対しての態度を示すタイミングだと考えて、制服のモチーフをコレクションには出さずエレガンスに、よりファッションショーへの意識も強く持って挑戦しました。「大人になっていくことのなかにある空虚感」を描きたいな、と。」

2018AWコレクション

女性らしいシルエット、光沢のある素材、鮮やかな色彩。エレガントなモードファッションであるのにも関わらず、不思議な虚無感が漂う。コレクションピースの一つ一つのアイテムには、並々ならぬこだわりが詰め込まれている。

「今回は、まどろみや、もやつきみたいな抽象的な感情を、抽象的なままに表現してみようと思って、片方の身頃が極端に長くなっていてそれを腰に巻くジャケットだったり、交互にボタンを合わせたりと、ディテールに凝っています。肩をはっきり強調したジャケットでしっかりした人間像を作りながら、裾はあやふやなままだったり。かっちりしてるけどどこか抽象的なバランスですね。

果物というモチーフも大きな役目を果たしています。歳を重ねていくこととフレッシュであることは相反しているように思われがちですが、自分が歳を重ねて大人になることは、初めての体験です。それを新鮮な気持ちで受け取ることが重要なのかなと。熟れ始めた果物の色を出してもらって、それをあえて簡易的なラバープリントでしっかりとした服に貼ってみました。」

改めて真正面からモードファッションに向き合う中で、歴史への敬意やモードへの肯定を示しながらも、ただそこに迎合するのではなくメタな視点を忘れない。作風は大きく変化しても、「ファッションはこうあるべき」という固定概念に囚われない「KEISUKEYOSHIDA」らしさは、ここにある。

着るかわからないけど買うってすごいじゃないですか。そこにはファッションの力っていうものがあるなって。

ブランドとして骨太な思想を打ち出し、クリエーションの深度を増す「KEISUKEYOSHIDA」。それでは、一つ一つの服は、どうやって生産されているのだろう。そこにはある種の苦悩があった。

「実は、生産できる工場がどんどん少なくなってきているんですよ。数年前まで海外生産に頼っていたブランドが、改めて国内工場に頼むようになってきていたり、日本の工場が人気になってきていたり。繁忙期はどこも同じだし、ブランドの数が工場の数より多い。

そもそも工場とのやりとりって、かなり属人的なので、先輩のデザイナーに教えてもらって、ウェブサイトもないから実際に足を運んでみる、みたいな作業が必要になるので手間もかかるんですね。だから、ある意味で駆け込み寺みたいに「sitateru」に頼ったり、いま僕がアトリエにしている「andMade」で製作したりもしています。

服の品質に関してはすごく難しい問題で、例えば今「KEISUKEYOSHIDA」のロット数でユニクロのカーディガンと同じ品質のものを作ろうと思ったら、それなりのコストがかかります。ZOZOSUITの登場が象徴的ですが、これから先、シンプルで快適に着られる服を作るのは、どんどん簡単になっていくんですよね。だからこそ、ここにしかない感動や共感を産むことのできるものづくりがブランドとして求められていくと思っています。」

ファッションブランド不遇の時代において様々なファンから愛される所以は、こんな真摯な姿勢にあるのかもしれない。吉田氏は、最後にこんなことを話してくれた。

「哲学者の鷲田清一さんが、ファッションとは「人と社会との距離感だ」と言っていて、それはすごく面白いなと思って。例えばみんなが一様に黒を着ていたら、誰かが白を着始めて、それがすごくクールなものとして受け入れられたりする。ブランドは社会と服との距離感を測りながら、デザインの中で新しい魅力を提案していくけれど、意外な受け取られ方をして、思惑とは別の形でベーシックになっていったりもする。僕はもっと自由に服を着てほしいという思いがやっぱりあります。「KEISUKEYOSHIDA」の服は、学生の子とかからしたら決して安い買い物じゃないけれど、お金を貯めて買ってくれたりするんですよね。年に一回、どうしても堪えられなくて買っちゃった、というお客さまもいます。いつ着るかわからないけれど欲しいから買うってすごいことじゃないですか。そこにはファッションの力があるなって。もちろん、実際に着てほしいですけどね、袖を通しただけで変われるかもしれないから。」