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人の心をつかむ「矛盾」は、「未知の足し算・既知の引き算」でつくる

——渡邉さんは、「これまでになかったもの」を生み出すお仕事を長く続けていらっしゃいます。優れたアイデアを発想したり、新しい価値をつくり出したりするために、必要なこと・ものとは何でしょうか。

これまでに手がけたプロジェクトをいくつか紹介しながらお答えできればと思います。ひとつ目は、ネパール産のオーガニック原料を使ったコスメブランド「Lalitpur(ラリトプール)」のギフト商品「Message Soap, in time」です。使い続けていくうちに、中からメッセージが現れる仕掛けになっています。

「Message Soap, in time」。伝えたい気持ち別に7種のメッセージが用意されているほか、自分だけの手書きのメッセージをつくることもできる。

ラリトプールは、メディアでは「社会起業家」として取り上げられることも多い向田麻衣さんが立ち上げたブランド。人身売買の被害に遭ったネパールの女性たちの雇用機会を生み出しています。最初に向田さんから依頼されたのは、商品を入れるギフトボックスの制作でした。ラリトプールはギフト需要が高いので、きれいな箱があれば、と。

そこでふと「ただ箱をつくるだけでいいのか?」と立ち止まったんです。大義を背負っているという意識はなく、ただやらなきゃいけないと感じたことをやっているだけ——「社会起業家」と呼ばれることに違和感を抱くという向田さんの話を聞き、彼女が志しているのは「フェアトレード」「ソーシャルアントレプレナーシップ」という社会の大きなキーワードではないのだと気づきました。

彼女自身がネパールで感じた、人とのこまかなやり取りや自然の風景、エピソード。そんな小さな物語を届けたいんじゃないかと感じました。

社会的な大義を全面に打ち出すことなく、単に「誰かに贈り物をしたい」という生活者の気持ちに寄り添うものづくりをしてみよう。そう考えて、頼まれてもいないのに(笑)いろいろ勝手に提案したんです。そのなかのひとつが「Message Soap, in time」でした。

商品をローンチした後に、いろいろな人から連絡をいただきました。例えば広告代理店で長く化粧品ブランドを担当している人からは「これはまったく新しい化粧品だ」と言われ、文具メーカーのデザイナーからは「これは新しい文具だ」と。

つまり、「Message Soap」を一人ひとりが勝手に自分の領域に引き寄せて解釈してくれた。商品の良さや特性を理解した上で、「それが自分にとって何なのか」という解釈が組み合わさって「積極的な誤読」「幸せな誤読」が起こる。これは、ものづくりが成功した結果なのかもしれないと、後から感じました。

では、どうすれば「誤読」を促すようなものづくりができるのか。おそらく、「矛盾」をはらんでいることがポイントです。矛盾のつくり方には「未知の足し算」「既知の引き算」の二通りがある。Message Soap」は、石鹸+手紙という「未知の足し算」です。普通、石鹸から手紙が出てきたりはしませんよね(笑)。そんな矛盾が、人の心に引っ掛かりを生むのだと思います。

常識や前提を、あえて言語化することから始める

「既知の引き算」の例としては、一冊だけの本屋「森岡書店 銀座店」があります。16平米ほどの小さな本屋です。店内に置かれる書籍は常に一冊で、一週間ごとに入れ替わります。販売期間中は、その本にまつわるさまざまなイベントを催します。主題につながる展示を企画したり、著者を招いてトークや朗読を行ったり。それによって、お客さまと一冊の本、そして著者との間に深い絆を生み出しています。

Takramがブランディングディレクションおよびアートディレクションを手がけ、スマイルズとともに出資も行っている「森岡書店銀座店」

20155月にオープンしたこの小さな書店は、最初の1年間で、国内外のメディアから100件ほどの取材を受けました。「本屋と言えばこういうもの」という、暗黙的な定義があります。本が売っている場所。自分が欲しい本を探しに行くこともできるし、思いもしない一冊との偶然の出会いも起こる。

複数冊の中から、一冊を選ぶ——そういう「あたりまえ」とされている要素は、当然すぎて、普段言語化されていません。それをあえて引き算するのが「既知の引き算」です。

森岡書店 銀座店は、普通は複数冊あるはずの本を、たった一冊に絞りました。そのアプローチが人の心に響きます。「一冊だけの本屋」と聞いただけで、「それってどういうこと?」「そんなことが可能なの?」と興味をそそられますよね。

「一冊だけの本屋」というのは、オーナーである森岡督行さん自身が長年温めていたアイデアです。発想の原点には、森岡さんが書店を経営する中で得た実感がありました。かつて、写真集に特化した古書店を経営していたとき、店舗の半分の面積を占めていたギャラリースペースでブックローンチのイベントを行うと、毎回たった一冊のためにたくさんの人が訪れてくれる——そんな様子を目の当たりにして「本屋で売る本は、一冊でいいじゃないか」という発想に至ったそうです。

森岡さんのこのアイデアは秀逸ですが、あくまで個人のスケールです。ビジネスとして形にするにはあまりに対象範囲が狭い。「一冊だけの本屋」は、現代の社会・経済の文脈においてどんな意味を持つのか。その意味づけをTakramがお手伝いしました。

書店産業が斜陽と言われて久しく、大手を含めて町の書店の多くが閉店を余儀なくされています。物理的な場所を持つ書店はもう厳しい。場所は持たずに、倉庫に無限の在庫を持つAmazonが唯一の勝者である——そんなふうに思える状況下で、森岡書店は「在庫は一冊」「物理的な場所を持つ」という真逆のアプローチをとっています。でもこれは競合ではなく、むしろAmazonをはじめとする新勢力と共存する価値観なのではと考えました。

デジタル時代の今だからこそ、物理的な場所に宿る価値があります。例えば森岡書店では本の販売期間中、著者と交流できる機会が設けられています。従来の書店は、本を買って、家に帰って読み、ページをめくりながらまだ見ぬ著者に思いを馳せる、というプロセスです。森岡書店の場合は、最初に著者に出会って、著者を通じて本と出会う、という逆のプロセスもたどれます。

またネットでは実現しづらい「偶然の出会い」も、ほかにない価値です。たった一冊だけが置かれていると、それが自分に関係あってもなくても、何かこちらに訴えかけくるような不思議な縁を感じるものです。

このように、個人の小さな弱い文脈に、「書店産業の衰退」や「Amazonとの共存」といった強い文脈、今だからこその存在価値といったものを補足しながら、ひとつの記事を書きWebで発表しました。これをバイリンガルで作成したことが、海外からの取材につながりました。

石鹸か、文具か、手紙か、化粧品か。書店か、ギャラリーか、イベントペースか。そのすべてであり、どれでもない——そんな矛盾をはらむもの、分類不可能なものが、人の興味を引くのだと思います。興味を持ち、一人ひとりが「誤読」する。そういう状況が総体として「新しいもの」をつくるのだと考えています。

——「Message Soap」も「森岡書店銀座店」も、強い思いを持つ個人や企業に向き合い、その人たちの内面にある思いを上手く引き出したことで、成功した事例のように思います。思いを引き出し、具現化する上で、コツはあるのでしょうか。

Takramは「デザイン・イノベーション・ファーム」を名乗り、クライアントのクリエイティブパートナーとして伴走します。新規事業を立ち上げるにしても、既存商品を改善するにしても、「種」はクライアントが持っています。「Takramと一緒に、今までにない全く新しいことがやりたい」という依頼だったとしても、依頼主であるクライアントなりのミッションがある。

でも自分自身のこと、自社のことを上手く伝えられる人というのは、そう多くはいません。「自己が一番遠い他者」みたいなところって、ありますよね(笑)。クライアントが持っている思いや、まだ言葉になっていない「熱」のようなものがあって、しかも「熱」はいくつも存在している。

そんななかで特にフォーカスすべき「熱」を、一緒に見つけているのだと思います。Takramがやっているのは、つまりそういうことなのだと思います。

例えば向田さんのプロジェクトであれば、「フェアトレード」や「向田麻衣」という個人に興味がない人にもブランドに触れてもらいたかった。そこで生活者の「贈る気持ち」を大切にするギフト商品をつくる、という仮説が生まれました。そのゴールと、向田さん自身の言語化されていない思いやニーズが結びついた結果、「Message Soap」という商品が生まれたんです。

——世の中には、言語化されていない思いや価値がたくさんありますよね。それらの、社会における位置づけ・意味づけを捉え直すことに、Takramは強みがあるように感じます。

「地震のとき地面が揺れることよりも、なぜ普段は地面が揺れないのかを考えよ」——江戸時代の医師で思想家の三浦梅園の言葉です。特別なことが起こったときに、特別なことに注目するのは簡単です。日常こそ実は驚きに満ちており、当たり前の中にこそ発見があるはず。そういうことを、常々口にしていた人物だそうです。

ただ漫然と過ごしていると気づかない、忘れてしまうようなことに注意を払う。僕自身としても、Takramとしても、そうありたいと思っています。

具体的な手法のひとつに、「タンジェント・スカルプチャー」というものがあります。ちょっと、クイズを出してもいいですか? 今から、あるものについて説明します。あるものの名前は言いませんので、それが何かわかったら教えてください。

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それは、日常生活の中では回転運動をするものと平行運動をするものの2通りがある。

それは象徴的に、何かの始まりを意味する。

ときに新しい世界へのいざないを表現するが、状態によっては機会の喪失を表現する。

それはある場所と他の場所をつなぎ、そして隔てるものである。

その扱いは容易であり、どんな文化的背景を持つ人にとっても不変の使い勝手を提供する。 だが、それを扱うことを職業とする人もまれに存在する。

人には人のための、猫には猫のためのそれが存在する。

人はその中央をのぞき込むことで裏側の様子をうかがう。

またその下をときにメッセージが潜り抜ける。

人はそれを叩く。

人はそれを通過することで、室内と室外の境界をまたぐ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

答えは「ドア」ですね。これは、何かしらのテーマや対象について、その名前を言うことなく、その特徴を10通りの異なる方法で表現してみるという、エクササイズのようなものです。観察によって表現の幅を膨らませることもできるし、思考実験として机の上で行うこともできます。

面白いのが、この表現一つひとつの中に、「あたりまえの再発見」が含まれているということです。そして、10挙げた条件のうちのひとつでもノックアウトしたら、これまでにない「まったく新しいドア」が生まれる可能性があるんです。

当然のように思われる常識や前提を意識的に定義・言語化し、それをひっくり返すことで、今まで思いもよらなかったものになるかもしれない。あたりまえのことを、あたりまえと扱わず、「実は、非凡なものなのではないか」というクリエイティブな目線を向けることは、もっとできるはずだと思います。

まさに森岡書店の「一冊だけの書店」につながる、既知の引き算を行うための具体的な方法です。

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