”かわいい”を足す―”れもんらいふらしさ”ができるまで

街なかで見かけたポスターが誰によってデザインされたかなど、ぱっと見て分かるものも少ない。ただ、それがデザイン会社「れもんらいふ」によるデザインであれば、ひと目見ただけで気がつく人も多いだろう。

手書きによる明朝体のタイポグラフィやマジックペンで描いたようなイラストなど、”れもんらいふらしい”「違和感」と「かわいさ」が特徴的だ。

「僕自身の”かわいい”の解釈って、”みんながとっつきやすい”ってことなんです。ファッションでも広告でも、基本的にはみんな”美しい”ものを作るように教えられるんです。だから、例えばマス向けの広告代理店にいると”ヌケが良い”とか、”本格的である”、みたいな言葉が飛び交う。

ですが、僕はどんなクリエイティブでも、たとえシリアスな広告だろうと、ちょっと”かわいい”を足すんです。そうすることで、急に一般の人との距離が近くなる。ただ本格的で美しいだけの広告だと、私には関係ない遠い世界だって思ってしまうでしょ。”かわいい”があることで、みんなが安心できるというか。れもんらいふではそれを心がけています」(千原氏)

今では、”れもんらいふらしさ”となっているこの特徴が定着してきたのは、実は千原氏のキャリアの中では最近のことだ。千原氏は普通科の大学を卒業した後、元々好きだったグラフィックデザインを仕事にするために、デザイン・アート事務所に入社。その後、博報堂でマス向け広告制作の仕事を経験し、ファッション広告のデザイン会社に転職。そこで、百貨店やファッションブランド、コスメなどのグラフィックデザインやアートディレクションの経験を積んだ。

独立してから、れもんらいふとしての最初の仕事は、ゴルフブランド「キャロウェイ」のカタログだった。そこから、ファッションブランドのカタログを年間10ブランドほど手がけるようになった。

「れもんらいふのグラフィックってこうだよねってなったのは、そのあとくらい。菊地凛子さんのホームページを作ったのがきっかけで。彼女のモードな写真の上に、手書きのイラストを乗せていったんです。そしたら、VOGUE girlや装苑、ラフォーレなどから、こういうのやってというオファーが来るようになって。

それまでは、自分の個性や特徴ってなんだろうって考えながら仕事していましたが、これをきっかけに、”れもんらいふらしさ”が、ファッションの上でひらいていった感じかな」(千原氏)

「やらなきゃいけない」をとっぱらって何をすべきか考えるべき

ファッション広告を中心とした様々なクリエイティブの中で、消費者側に親しみやすさを与えるデザインを仕掛けてきたれもんらいふ。「服が売れない」と言われる現代において、ファッションビジネスにおける消費者とのコミュニケーションの在り方について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「みんな”やらなきゃいけない”ってなってしまってますよね。前はポスター1つでよかったのに、ネットの時代になってメディアも増えた。SNS用の動画とかホームページとか対談とか…なんのためにやってるかっていうことをもう一度考え直す時期に来ているなと思ってます。

例えば、ファッションのカタログを作るとき、みんな何の疑問もなく『動画もお願いします』って言うんですね。でも予算何百万をかけて、その動画を見た人にブランドを好きになってもらえるのかって、本当は一回考えてみたほうが良いと思う」(千原氏)

2017年春のリブランディングから千原氏がディレクターとしてクリエイティブを手がける、アンダーウエアブランド「une nana cool(ウンナナクール)」でも、同じように疑問を提示した。

「ホームページのPVを上げたいという相談をもらったんですが、そもそもホームページに人を呼ぶ必要があるかっていうところから、議論し直しました。実際、女の子がウンナナクールのホームページを見るシーンってどんなとき?って。ECがあるわけでもないので、よく考えたらあまりそんなシーンってないかもねと。今、ホームページではなくてウェブメディアを作ろう!など、アイデアが出ています」(千原氏)

よそがやっているからうちも…と他社に迎合することなく、各ブランドが適切なコミュニケーションの方法を考え、やることとやらないことを決める必要があるかもしれない。グラフィックデザインだけでなく、その届け方や手法からコミュニケーション全体をデザインする、その意識が大切だということだ。

仕事はお金からではなく「想い」からスタートするほうが楽しい

最近では、クリエイティブワーク以外にも様々な領域へと仕事の幅を広げている千原氏。シタテルとand Madeとのコラボレーションでは、ファッション広告ではなく、服自体をデザインした。テーマは「これはTシャツではない」。誰もが想像する「Tシャツ」という固定概念を一度外して、首や腕を通す場所がたくさんある服をデザインし、and Madeで服作りワークショップを行った。

また今年9月には、桑田佳祐のアルバムジャケットなどを手がけたことをきっかけに、サザンオールスターズのファンイベント「勝手にサザンDAY ~みんなの熱い胸さわぎ2018〜」を主催した。

「初めは、やったら面白いじゃんくらいな軽い話だったのが、どんどん現実になっていって。自主企画なので、クラウドファンディングや協賛営業など、全部自分たちでやりました。大変でしたけど、ずっと憧れだったサザンと仕事させてもらって、恩返しがしたいという気持ちが強かったからやりきれました」

この8月にはれもんらいふとして初のデザイン本『千原徹也と、れもんらいふ”デザインの裏側がよくわかる話”』を刊行。この本も出版社は、れもんらいふ。自費出版だ。

主催する「れもんらいふデザイン塾」の講師陣には、デザイナーだけでなく、大物俳優やアーティストなど、錚々たる面々が揃う。

「仕事には二通りあって、ひとつはお金からスタートするパターン。これは楽だけど、それこそやらなきゃっていう固定概念にしばられがち。反対に想いからスタートする仕事は大変だけど、実績に縛られないから、今までやったことがないことができたりします。

自費出版も大変でしたが、責任者が僕だったからこそ、いろんな人との対談も協力してもらえたりとか。れもんらいふデザイン塾も、普通デザイン塾の先生として呼ぶような人ではなくても、僕が単純に面白いと思った方に声をかけてます。芸能人から仕事の話を聞く機会なんてそうそうないじゃないですか。そうやって、いろんな垣根を超えていかないとと思うんです」(千原氏)

たしかに、通念的にやるべきことや予算ありきの仕事は、自分の本当にやりたいことを考えなくていい分、むしろ楽と言えるのかもしれない。仕事の面では誰もがそちらに逃げてしまいがちだ。本当にやりたいことを見極める、自分のブランドとして独自のコミュニケーションを考える、仕事に思いを乗せることは、そう簡単ではない。

「やりたいことを見つけられてない人が多い。夢なんかないし、夢を見つけること自体難しい世の中ですよね。でも、夢があると生きていく価値が2倍にも3倍にもなる。

 僕自身、実は大学生まで特に夢を持ってませんでした。高校生の時は、家計を支えるために高校卒業したら近所の印刷所で働こうかなんて思ってた。そしたらおかんが怒ったんです。あんたは大学に行ってやりたいこと見つけなさいって。絵描くの上手なんやから、絵描く仕事でもやりやって言われて。それでこうなったんだから、誰かの期待でも良いんですよ。身近な人のためなら、人は頑張れるんです」(千原氏)

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